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体内の水分全てが引き上がる。頭の中では血液が頭頂側に集中し、快くもある不安感が身体を浮かせる。 そしてそのまま、着地しない。一切の力から解放される。もはや上下感覚は暫定的でしかなくなる。摩擦音が激しいはずなのに、音の感覚はない。その空間に、ただ存在している。
外部ハッチの脇にある小窓は、面積の小ささにも関わらず、それを囲う壁の存在を忘れさせる。数枚のアクリル板の向こうを、途方もない黒と、白い星々が、鮮やかに駆けていた。
有り余る無限の真空に、この体だけがポツンと浮いている。
驚くほど、そう感じた。
何もない。五感も、感情も、深層心理も、全てが麻痺している。
全て、消える。美しさだけになる。心地良い。宇宙に吸い込まれていく。同化していく。魅せられる。もう、何もない。
彼女の夢は、これだったんだろうか。
最後の無重力が、いつも通り突然消える。夢から醒めてしまうみたいに、始めからあったみたいに、グラビティが現れる。
慣れた手順でGに身をゆだねて、ハッチの前に立つ。もう自分の役目は終わるし、何もかも、もうすぐ終わってしまう。それなのに、それが嘘みたいに、星の光は当然のようにそこにある。だから、「シャトル」を出るのは狂おしいほど名残惜しい。だがもうここにはいられない。すべきことは全て果たしたし、このスペースでは着陸の衝撃に耐えられない。僕は最後にもう一度装備を確認して、ハッチ開閉コードの入力を始めた。
その時、声が聞こえた。
慟哭だった。何もかも台無しになったような、その悲痛を体の芯から絞り出したような、怖いほどの、誰にも何にも救いようのない絶叫。
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