かの子 1

2/8
前へ
/737ページ
次へ
目の前に広がるのは、終わりが見えないほどの広さの前庭。 四月二十日、午前八時三十分。 北大路かの子(きたおおじ かのこ)十六歳は、正門前でため息とともに肩を落としていた。 「おい、嬢ちゃん。初っぱなから、そのテンションは無ェだろ」 不意に頭上から降ってきた声の主に、かの子は視線だけで抗議をする。 そして再び前を向くと、かすかに見える城かと思うほどの佇まいをした校舎。 桐立(きりたち)学園高等部――それが、明日から自分が通う高校だ。 N県郊外にある私立桐立学園は、中学校から大学までの女子一貫校だ。 敷地面積は優にディズニーランド三個分ほどあるらしい。 と言っても、半分は送迎用の車が停まる為のもの。 そう、ここはN県内だけでなく近県からも入学希望者が絶えない、良家のお嬢様が集まる学園なのだそうだ。 理由のひとつは、ここのセキュリティが恐ろしく頑丈という事。 木々に囲まれた学園は一貫校とはいえ、中、高、大、それぞれがきっちりと棲み分けられていて在校生といえども、つい迷いこみました、などという言い訳は通用しないらしい。 ……というのも、基本的に生徒玄関までは送迎の人間が付き添い、学校内では移動教室以外に外に出るような種類の生徒は滅多におらず、出たとしても、中庭やグラウンドがいいところ。校舎間の境界部分までの距離単位がキロメートルなのだから、出る前に監視カメラに見つかって、常駐している警備員に回収に来られてしまうのだ。 ましてや、外部の人間が入ろうともなると、まずは正門のロック部分を事前申請して発行されたIDカードで解除し、詰め所にいる警備員に身体チェックや持ち物検査をされ、そして入出時刻の直筆記入。 その一部始終は全て監視カメラに記録されている。 そして、その記録は年度ごとに集められ、創立二十周年とはいえ膨大な量のそれは、地下倉庫に格納されている。 その後、カメラの視線を受けながら前庭を通り過ぎ、ようやく正面玄関にたどり着くのだ。 それが、万一に備えて安心と、近隣の富裕層の圧倒的指示を受け、いまや伝統校にも引けを取らない“お嬢様”学園となった。 ――というのが、かの子がここに来る前に聞いた情報だった。 その時は、よくやるね、と半ばあきれて話半分に聞いていたのだが、事実、この目で見ると状況を甘く見すぎていたと今更ながら後悔した。
/737ページ

最初のコメントを投稿しよう!

198人が本棚に入れています
本棚に追加