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『お前にも、かのちゃんが落ち着いていたら、こっちに来てもらいたいのだが……どうだ』
「……分かりました。大丈夫だと思います」
塩原は通話を終えると、後片付けをしていたかの子に声をかけた。
「係長に呼ばれたけど……出ても大丈夫?」
「あ、うん。気にしないで、大丈夫だから」
振り返って塩原を見上げるかの子の表情には、先程までの暗さや怯えは見当たらない。
とりあえずは大丈夫だろうと、塩原はうなづいた。
「いつ戻れるか分かんないけど、成島の意識が戻り次第、一回は病院に行かないとなんだ。かのちゃん、東裕美に会うつもりなら、その時は一緒に行こうか」
「……うん……。……裕美さん、大丈夫かな……」
視線を落としたかの子は、手にもっていた布巾を握りしめた。
塩原はかの子のそばまで行くと、その体をそっと抱き寄せる。
「……大丈夫だと思いたいよね。向こうには野澤巡査部長もいるし……南條さんが説得したんなら、最悪にはなってないんじゃないかな」
かの子は曖昧にうなづく。
塩原はその頭を軽く撫でて、離れた。
「じゃあ、余裕があったらメールするから。定時連絡は忘れないでね」
「う……うん……」
玄関で靴を履きながら言うと、かの子は遠慮がちに塩原のスーツの袖を引っ張った。
「かのちゃん?」
「……気をつけてね……」
精一杯の言葉をふり絞ったのか、かの子の顔がうっすらと赤い。
塩原は口元を上げると、軽くかの子に口づけた。
「ゆっ……」
「行ってきます、かのちゃん」
かの子との距離が一気に縮まった気がして、署にたどり着くまで、塩原の心は今までで一番明るかった。
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