ゆらめき

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ゆらめき

 壁に、不思議な物が映っているのが見えた。  冬の寒い日で、ストーブの前にへばりついていたら、差し込む日差しが壁に影を作った。そこに、ゆらゆらとゆらめくものが見えたのだ。  大人になった今なら、ストーブで温められた空気が気流となり、上へ上へと向かっているのが、目には見えなくても太陽光越しなら見えると判る。でも当時の私は子供で、その空間には何もないのに、壁にだけゆらゆらと何かが映るのが不思議で、ただじっとゆらめく影を見つめていた。 「…おかーさん。このゆらゆらしてるの何?」  時の経過と共にゆらめきの正体が知りたくなって母に尋ねると、母は壁に映る影を見るなり、私に、温まった空気が揺れているのが、お日様の光でだけ見えているのだと教えてくれた。  言葉の意味は判らなかったけれど、幼い自分にとって母の言葉は絶対だったから、そういうものなのかとただ思った。  …あれから十数年。  寒がりな私は、冬の寒い日は、当たり前のようにストーブにへばりついている。  日が差せば、壁にはゆらゆらと空気の流れが映し出される。それが科学的な現象だということは、この数十年で学んで知った。だから今更誰かに聞いたりしない。  でも、知識で得たゆらめきの中に、時折人の顔が見えるのは、どう説明づけて納得すればいいのだろう。  目の錯覚でも気のせいでもない。壁に映し出された影の中に確かに人の顔が見える。それが時折私の方を向く。  母に聞いても、昔と同じで、温まった空気が揺れているのが映っているとしか言ってくれない。でも、自然現象と考えるには、壁に映る影はあまりに生々しい表情をしている。  ゆらゆらと漂いながら、ゆらゆらと四方を見回す。  ゆらゆらと蠢きながら、時折、揺らめくことなく私を見る。  ストーブに近づかなければいいのかな。でも、そんなことじゃ解決はしない気がする。  ゆらゆら、ゆらゆら…壁に映る空気の流れ。そこに紛れて。  ゆらゆら、ゆらゆら…何者かが、遠い昔から私を見てる…。 ゆらめき…完
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