第1章 差し出された手

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少し口うるさい所もあったけど、おしとやかで優しかった母――だが それは表の顔であり、裏では連続放火魔として数多くの人間の命を奪っていた。 一軒家やアパートにマンション、時にはデパートやネットカフェ等も燃やしたことがある。 それだけ派手な事件を起こしながら、彼女は放火を始めてから2年間も逮捕されず、去年ようやく捕まったのだ。 数えきれない程 多くの人間を死なせた冬子に下された判決は、当然のように死刑だった。 恐ろしい放火魔は捕まり、世間には平和が戻った。 しかし、加害者家族である小春達にとっては、ここからが地獄の始まりであった。 自宅には毎日のようにマスコミが押し寄せ、小春は勿論、彼女の父や姉も報道陣に付きまとわれた。 近所の住人、仕事先の人間、学校の人間――それらからは白い目を向けられ、「人殺し」「お前らも死刑になれ」等と罵られた。 とても辛かった。とても苦しかった。 それでも父と姉が居てくれたから、支えてくれたから小春は挫(くじ)けずに頑張れたのだ。 けれど、もう支えてくれる家族は居ない。 半年前に突然、何の前触れもなく小春の目の前で死んでしまった。 小春を元気づける為、父と姉は彼女と一緒にカラオケへ行った。 店員からは睨まれたが、部屋に入ってしまえば他人の目に触れることはない。 3人は半ばヤケクソ気味に騒ぎ、歌った。 とても楽しかった。 また明日も頑張れると、そう思えたのに――
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