馬鹿、また頑張りすぎてる

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私は何も知らなかった、聞いてない。 そう思わせてあげないと、河井さんが辛い。 私だったら絶対に嫌だから。 二人は顔を見合わせてから俯いた。 「何か、原因があるならちゃんと話さないと分かりません。人の心が分かる魔法なんて無いし、言いたい事言わないと相手に誤解されてしまう。もしかしたら二人はそうなのかもしれません」 私は何を言っているんだろう。 これじゃあまるで 『話し合って元さやに戻ってください』 って言っているようなものだ。 でも、河井さんの顔を見たら彼女が何か言いたがっているのは分かる。 ……彼女がまだ藍くんを好きなことも。 二人の間の問題は解決されていなくて、藍くんの心の中にもずっと残っていて。 それじゃあきっと二人が辛い。 「私が居ると話せませんよね?」 そう言うと藍くんが私の顔を見た。 私は安心させるように微笑んだ。 「今は仕事中です。この場で話すことは出来ません。……二人が二人きりで話しづらいのなら私も一緒にいるので、今度話し合う場を設けませんか?」 私の提案に河井さんが戸惑ったようにして、そして頷いた。 「すみません、仕事中なのに……。ありがとうございます、松森さん」 「いいえ。辛いままだとしんどいでしょ?」 「本当に、ありがとうございます」 河井さんはそう言うと私に深々と頭を下げて戻って行った。 ホッと息をつくと藍くんに腕を引かれた。 「なんであんな事言ったの?」 「え?」 「俺は理沙と話し合うことなんて何もない。俺が理沙に何されたかこの間言ったよね?」 辛そうな藍くんの顔。 私は頬を撫でた。 「藍くん。そんな顔してる人が『話し合う事ない』って言っても説得力無いよ?」 「!!」 「二人とも、ちゃんと話し合うべきなんだよ。河井さんと出会ったのは神様からの暗示かもしれない。藍くんと河井さんが仲直りしないと、仕事にまで影響が出るかもしれないんだよ?」 「仕事はしっかりやるよ!!」 「見せかけは上手くいくかもしれない。でも、分かる人には分かるよ」 私がそう言うと藍くんは深くため息をついた。 「ごめんね、藍くん。辛いかもしれないけど、ちゃんと片付けないと」 私の言葉に嫌そうに頷いて藍くんは歩き出した。 きっと大丈夫。 本当は私が一番不安なのだ。 問題が解決してしまったら、藍くんは河井さんともう一度付き合うかもしれない。 お互いの表情を見て思ってしまった。 『二人の中にはまだお互いがいる』 河井さんの事が嫌いだと言っても、藍くんにとっては一度は好きになった人。 簡単に忘れられるわけないんだ。 ……お人好しもここまでくれば馬鹿の領域だな。 心の中で自嘲しながら私も先輩達を追った。 ・
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