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「あ、そうそう。通はな、この珈琲に、もうひとつ香りを出すんだ」
爺は小粋に笑って、煙草の箱を取り出す。
「最高だな」
少年も笑って一本、複雑な香りが満ちた口にくわえた。
「なぁ、また飲みに来てもいいか」
「かまわねぇよ。ただ、この豆もいつかなくなるからな…」
「どこにあるんだ?」
「…昔は海を遠くこえた国で、この豆をたくさん採れる場所があったが…さぁ今は…」
「じいさん、俺探しに行ってやるよ」
爺は吸っていた煙草を灰皿に押し付け、くす、っと笑った。
「そりゃあ、大冒険になるぞ、坊主」
「どうせいつ死ぬかわからねぇんだ。そっちのほうがおもしれぇよ。俺、じいさんとこうやって飲んで、吸うの、好きだ」
爺の笑い声が夜の風にとけて、ごたごたと消したネオンが散らばる路地を吹き抜けて、煤けた三日月に届いた時、野良猫はにゃあ、と鳴いたとさ。
おしまい。
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