夜風、香ばしさ、ジッポ

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高円寺、駅から外れた路地裏。2月末。冷え込む夜の23時。 肩を震わせて歩く少年。腰から下げたボロボロの小さな袋から、煙草を取り出す。 煤けた小型ジッポを手でくるみ、煙草をぎっしと歯で捕まえながら何度か点火を試みるも”スカ"が響くだけ。 「ちっ…オイル切れかよ…」 「貸してやろうか坊主!」 人の気配も姿もないが、目をこらす。 路地の奥にうっすらと見えるオレンジ色の光。 仄かに香ばしい、何かが漂う。 くんくん鼻をひくつかせながら少年は光の元へ小走りで近づいた。 メタルのクズ材を組み合わせた無骨なカウンターの上に、真紅の暖簾がついただけの掘建小屋だ。 カウンターの中にはジッポを差し出す爺が立っている。 真っ白な髪をひっつめ後ろで縛り、黒いよりどりの布やら毛皮やらを継ぎ接ぎで作ったコートの下に、エプロンをしていた。 瓶の底のような眼鏡をかけており目は見えない。 「ほら、坊主」 ごついジッポを受け取り、ようやくニコチンが体を満たして頬が緩む。 「爺さんよくこの距離で聞こえたな、俺の声」 「俺は耳はいいのさ」 瓶の底の眼鏡をクイッと爺があげると、白濁したビイ玉のような目がアチラとコチラに向いたままになっている。 「ふうん、そういうこと」 爺はメッキの灰皿をカウンターに押し出した。 「珍しいな、おまえみたいな坊主が水蒸気やら電気やらじゃないのを吸ってるのは」 「あんなの偽物だ。まずい」 豪快に爺は笑って、大きく頷いて自分の煙草を取り出す。
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