君のいる未来

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部活のみんなが帰って山ちゃんも職員室に引き上げた後、一生先輩がピアノを弾く横で私が歌う。 先輩はボイストレーニングの勉強もしてきて、いろいろアドバイスしてくれた。 コーラスでは上を向いて歌うなんてありえないけど、喉の筋肉をリラックスさせるためにもっと顎を上げてみろと言われたりした。 「ほら、もっと。」 先輩が私の顎下に手を添えて上を向かせる。 「もっと腹筋使え。」 先輩が私のウエストに手を回して、腹筋をちゃんと使っているか、背中まで瞬時に膨らむように息を吸っているかを確認する。 特訓を始めて急に先輩との距離が縮まって、その度にドキドキする自分が情けなかった。 もっと集中しなきゃ。ちゃんと歌えるようにならなきゃ。 先輩を失望させないように。私を選んで正解だったと思ってもらえるように。 定演までの私は毎日かなりのプレッシャーと闘っていた。 それなのに、漏れ聞こえてきたのは部員たちの陰口だった。 一生先輩はイケメンで人気があったから、女子たちに羨ましがられていると思ってはいた。 でも、まさかあんな風に思われているとは考えもしなかった。 「音域がどうこうなんて後付けの理由でしょ?結局、見栄えがいいから選ばれただけだよね。」 「そうそう。本番までに高音が出なかったら、音を下げればいいだけだもん。先輩が作曲者なんだから、なんとでも出来るよね。」 「希歩が先輩を誘惑したんでしょ?特訓なんて言ってるけど、音楽室で何やってるんだか。」 「一生先輩もしょせんタダの男だったってこと?ガッカリ。」 私が個室に入っているとも知らないで、女子トイレで盛り上がっていたのは1年の時からの仲間だと思っていた2年の子たちだった。 ムカついた私が個室から出ると、驚いて慌てて出て行った女子たちの中に親友の理子もいた。 この時から理子や他の子たちとの仲が険悪になっていったんだ。 「おい、どうした?腹でも下したか?」 うな垂れてトイレから戻った私に一生先輩は心配そうに声を掛けて来た。 顎下に手を掛けて上を向かせられた私はつい先輩を恨みがましく睨んでしまった。 先輩が私を指名したから。それまではみんなと仲良く楽しく歌っていられたのに。
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