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「はい。頑張ります。」
私が頷くと先輩は嬉しそうに微笑んで私の頭を撫でてくれた。
*
「もしかして俺のせいかと思ったんだ。俺がおまえをソリストに選んだから、なんとなく女子たちに妬まれていたみたいだし。
でも、宮野はそうじゃないって。じゃあ、何なんだって聞いても、プライバシーの問題だからとか言って教えてくれなかった。」
ハアと先輩がため息を吐いて、また窓の外を見た。
もしかしたら、私は当時の先輩に余計な心配を掛けてしまっていたのかもしれない。それが申し訳なかった。
「母親が入院したんです。だから、家事を私がやらなきゃいけなくなって。病院にも通って洗濯物を持ち帰って、清潔なパジャマやタオルを持って行かなきゃいけないし。
宿題も受験勉強もしなくちゃいけないから、どこを削るかって言ったら部活を辞めるしかなかったんです。
実は、あの定演の頃は高校も辞めることになるんじゃないかって、そう思っていたぐらいで。
だからこそ、あんなに頑張れたんですけど。」
先の見通せなくなった自分の未来を思うと不安でたまらなかったけど、歌っている時は忘れられたし、いいストレス発散にもなっていた。
おかげで、定演のソロは完璧に歌えたと自負している。あの時の成功体験が未だに私を支えている。
「知らなかった。おまえ、そんなこと一言も言わなかったじゃないか。…宮野には話していたのか?」
「はい。似たような境遇だったから。」
宮野くんが1年の時に病気でお母さんを亡くしたことは知っていたから、彼にだけは打ち明けて相談に乗ってもらっていた。
「そうか。」
「あ、もう戻った方がいいんじゃないですか?」
先輩が暗い顔で肩を落としたので、私はわざと明るい声を出した。
テレビの時刻表示は0時40分。レストランの中の人も少なくなってきていた。
「そうだな。」
食器類はスタッフが片付けるのでテーブルに置いたままにしてほしいと最初に言われたし、テーブルの上のお品書きの裏にもそう書いてある。
おかずに蓋をして、私たちは立ち上がった。
「じゃあ、お元気で。」
階段で2階に上がって、スリッパに履き替えたところで頭を下げた。
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