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「なあに?一生は毎晩毎晩愛しの歌姫が大学生に抱かれてるのを想像して悶々としちゃってたわけ?
ま、退院するまではお預けだから、あと1か月は悶々とする夜が続くね。」
先輩の顔がさっと強張った。
「それより、希歩さんのお兄さんに結婚を許してもらうのが大変なんじゃないか?
挨拶に行くって言っておいて、『やっぱり元カノと結婚する』って手のひら返ししちゃったわけだから。」
箕輪さんの言葉に一斉に、あーっと落胆の声が上がった。
「お兄さん、怒ってたでしょ?」
「ムチャクチャ激怒してました。…けど、兄は意外とお涙頂戴の悲恋物語に弱いんです。」
「なら何とかなるか。こう思いっきり悲壮感を漂わせれば。そうだ。顔色悪いうちに来てもらうか。」
ちょっぴり悪い顔をした先輩が箕輪さんを見ると、彼は諦めたように頷いた。
「はいはい。じゃあ、また俺が連れてくるよ。」
「あれ?もしかして、私も騙された口ですか?」
思わず箕輪さんに聞いてしまった。
そういえば、先輩、最初に見た時よりも随分元気が出てきたような。あれって、具合の悪そうな振りをしてたのかも。
「いやいや。希歩さんのおかげだよ。小圷がこんな急に元気になって、しゃべれるようになったのは。愛の力は偉大だね。」
「うーん。まあ、そういうことにしておきますか。」
やり手の営業マンに丸め込まれた感が拭えないけど、深く追及するのはやめておこう。
「ここの面会時間って7時までですか?」
両親が入院していた病院はそうだった。夕食を食べさせて食器を片付けて、少しおしゃべりしたらさようならって感じ。
「うん。7時まで。それまでいてくれる?」
一生先輩の甘えたような視線にちょっと照れながらも、はいと頷いた。
「じゃあ、邪魔者は退散するか。今度は隼人も連れてくるから。」
小圷さんがそう言って、バッグを持った。
「希歩さん、タクシーで帰れる?大学生の家に帰るんだよね?」
ちょっと聞きづらそうに箕輪さんが尋ねた。
私のキャリーもボストンバッグも要くんの家に置いてきたから、もちろん取りに行く。要くんにお礼とお別れの挨拶もしたいし。
でも、私が帰る場所はあそこじゃない。
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