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一生先輩は毎日、病院内のリハビリルームに通ってリハビリを頑張っているけど、危惧していた言語障害も運動障害もないようでホッとした。
今では普通に病院内をスタスタと歩いている。
ただ、昨日は頭に水が溜まって注射で抜いてもらっていた。
「退院後3日目から出社しろだなんて鬼だな。水さえ溜まらなければ何とかなるけど。」
さっき、先輩の上司の経理部長が来て、厳しい現実を告げて行ったらしい。
今は水が溜まらないように頭に圧をかけて包帯を巻いている先輩を見た。
「そんな状態で仕事できるんですか?」
「頭はハッキリしてるけど、体力的にしんどいだろうな。仕方ないよ。出社できなかったらクビだから。」
右手で首を掻っ切るジェスチャーをした先輩が苦笑いを浮かべた。
「そんな!働いてみて無理だったら辞めちゃってください、そんな会社。私が何とか食わせてあげますから。」
「何とかって?」
「キャバクラとか」
「バーカ。おまえに水商売させるぐらいなら、這ってでも仕事してやる。
わかってんのか?おまえのこと閉じ込めて、俺にしか見れないようにしたいって思ってるってこと。」
先輩の熱い視線に身体の奥が疼いて、目を泳がせた。
「そろそろ私も仕事、探さないと。」
「美里が工場に戻って来いって言ってたけど?」
そうなのだ。例のフィリピン人が辞めてしまって、人手不足だから戻っておいでよと言われた。
でも、あんな過酷な職場に戻って大丈夫かなと不安がよぎるから、色よい返事は返せなかった。
「それは断りました。」
先輩は意外そうな顔で私を見た。
「え、なんで?一から探すよりも慣れた職場の方がいいだろ?」
「そうですけど、これから夏に向かってますます工場の中は過酷な状況になるし。
撥水加工や防虫加工で劇薬を噴霧するし。ただでさえ立ち仕事だから、もしもの場合、困るじゃないですか。」
ちょっと恥ずかしくて言葉を濁すと、先輩が首を傾げた。
「もしもの場合って?熱中症になるってこと?」
「そうじゃなく。…その…赤ちゃんができたらってことです。」
「ああ!うん。そうだよな。うん。やめといた方がいい。」
2人して赤くなって、目を合わせられない。
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