一歩一歩

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まだ先輩とはキスしかしてないのに、気が早いだろうか? 「希歩が俺との子どものことを考えてくれていて嬉しいよ。すぐにでも欲しい気もするし、まだ2人の時間を楽しみたい気もするけど。」 私も同感だから頷いた。 私たちは恋人らしいことをほとんどしていない。 それで、いきなり夫婦の暮らしが始まって、妊娠・出産・育児に追われてしまうのは、ちょっと寂しいような気がする。 こんなことは先輩には口が裂けても言えないけど、要くんとの方がよっぽど恋人らしいことをたくさんしてきた。 もちろん、私もそう若くはないんだから、早く産んでおいた方がいいんだろうけど、もうちょっと恋人気分を味わいたい。 「仕事はゆっくり探せばいいよ。探してるうちに妊娠するかもしれないし。在宅でできる仕事がいいかもな。」 先輩の手が優しく私の髪を梳く。 途端に蘇るのは、あの夏合宿の食堂でのこと。 「本当は私をどうしたかったんですか?」 突然そんなことを言い出した私に先輩はキョトンとした。 「先輩が3年の時の夏合宿で、食堂で2人になった時に言ったじゃないですか。先輩が本当はどうしたいか知ったら私が泣き出すとかなんとか。」 「ああ。男子高校生が好きな女の子に何をしたいかなんて、今ならわかるだろ? 希歩のすべてを奪いたいと思ってた。心も身体も現在も未来も。おまえの全部を俺のものにしたいと思ってたんだ。 でも、決して興味本位でも性欲だけでもなかった。真剣な気持ちだった。 だから、これはエンゲージリングの代わりのつもりだったんだよ。」 先輩が私の胸元のイニシャルKにそっと触れた。 「え?それって」 「10年前にプロポーズするつもりだった。随分遠回りしたな。要とか元カレたちのことを考えると、10年前にプロポーズできなかった自分を殴りたくなるけど。 あんな風に再会できたんだから、やっぱり希歩は俺の運命の相手なんだと思う。」 運命かはわからないけど、もしもあの日、先輩と再会していなかったら、私の人生は全く違うものになっていただろう。 「私、今まで何度もリセットしてきたけど、今回のリセットが一番失敗だなと思ってたんです。 仕事は大変な割にお給料は安いし、要くんとはセフレみたいなことになってたし。 でも、笠井に来て良かった。今では心からそう思っています。 一生先輩と再会できたから、もう人生をリセットしようとは思いません。」
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