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「うん。」
小さく頷いた先輩は頭をハンドルにつけたまま、私の方へ顔を向けた。
その目がなんだか色気を帯びていて、私は目を逸らせた。
「先輩は走るんでも球技でも何でも得意だったから、3階から見ていてもすぐに見つけられたけど。
そうじゃなくても、いつだって私は先輩の姿を秒速で見つける自信がありました。
全校集会でも、薄暗い舞台の袖でも。
同じ制服の同じ年頃の集団なのに、中肉中背の先輩の姿を頭だけでも背中だけでも絶対にすぐに見つけられたんです。」
「うん。俺もそうだった。希歩が髪の毛をバッサリ切ってても、すぐに見つけられた。」
「私の人生でそんな相手は一生先輩だけです。」
「そうか。」
「はい。」
「そうか。」
先輩はもう1度頷くと、身体を起こしてエンジンをかけた。
車がゆっくりと滑り出す。
「…全部もらうから。」
「はい。」
「この先のおまえの人生、すべて俺がもらうから。」
「はい。先輩のすべては私がもらいます。」
「うん。」
10年前。卒業式の日。ミモザの木の下に立っていた先輩。
あの時、先輩のプロポーズを受けていたら、挫折を知らない幼い恋はうまくいかなくなっていたかもしれない。
何度も躓いて、後悔して、リセットして。
遠回りして、またあなたと出会った。
失った痛みを知ってるから、今の私たちはもう繋いだこの手を放すことはないだろう。
今日は人生最良の日。名実ともに2人は1つになる。
END
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