先輩の笑顔

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「先輩は今、どういうお仕事をされているんですか?」 「真面目なサラリーマン。何森は?働いてるのか?」 「働いてますよ。働かなきゃ食っていけないから。」 大学時代の友人やOL時代の同僚には今の仕事を話したくなくて、聞かれても言葉を濁していた。どうしても引け目を感じてしまう。 先輩は興味がないのかそれ以上突っ込んだことは聞いてこなくて、私はこっそり安堵のため息を吐いた。 「この間、高校の同窓会があったんだよ。卒業10周年だからって。」 「へえ、そんなのがあるんですか。学年全部で集まるとか?」 「そう。まだまだみんな結婚してなくてホッとしたよ。中には3人の子持ちって奴もいたけど。」 「東京だと30過ぎても焦らないですよね。」 私の友人たちもそんな感じだ。仕事が面白くてしょうがない。結婚はいつかはしたいけど、今すぐじゃなくていい。子どもはいなくてもいい。そんな話をよく聞く。 そこで、また子宮検診のことを思い出してしまった。 子どもはいた方がいい。保育園の待機児童の数が多すぎるから、みんな諦めかけているだけだ。 産めるものなら、私だって産みたい。子孫を残したいとか社会的にいないのは体裁が悪いとか、そんな理由じゃなく。 無条件に愛し愛される存在が人には必要だと思うから。 学生時代に両親を相次いで亡くしたせいか、私は家族の愛に飢えているのかもしれない。 3つ年上の兄は1年前にめでたく結婚した。2人きりの家族だった兄が自分とは別の家族を作り始めたことを寂しく思う自分もいて。 兄の結婚を機に彼氏と同棲を始めた私は、知らず知らずに彼氏に家族愛を求めてしまっていたのかもしれない。 『目的地周辺です。ナビを終了します。』 車内にそんな音声が流れて、私は慌てて窓の外に目をやった。 「あ、そこの自販機のところを入って下さい。」 家まではもうすぐだ。一生先輩との時間ももう終わり。そう思うと本当に名残惜しくなった。 連絡先を交換したって、先輩には彼女がいるんだし、私は既婚者だと思われているんだから、そうそう連絡を取り合うわけにもいかない。 下手したらこれっきりかも。 ふいに謝らなきゃという思いが湧き上がって来た。これが最後なら言わなきゃと。
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