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白い部屋の白いベッドの上、似合わない服を着た男の前に、私は座る。 キシリとパイプの音が鳴って、無機質な部屋に響く。 「もういっちゃうんだね。」 「あぁ。」 あの桜を見に行った日から数週間。 特に変わらず、毎週土曜日にいつもの喫茶店で会って、日曜日はたまに出掛けたり、どちらかの家で静かに過ごしたり。 「幸せ....たくさんあった?」 「いや、幸せな事なんてひとつだけだ。」 桜の花弁を思い出し、尋ねた。 「え。」 「お前がずっと昔から一緒に居てくれた事が、そのたったひとつの事が幸せだったんだ。」 何故。 いつもは言葉が足らないのに。 必要最低限の単語しか話さないくせに。 「暖かい。」 シーツの上にコロリと投げ出されている手を握り締めれば、向こうの体温がジワリと流れてきた。 「何時もそう言うな。俺はその言葉が聞けるから、自分の手が暖かくて良かったと思えた。」 ギュッと離れないとでも言う様に、手に力を込めた。 「愛してるよ。」 男の奥二重の目がトロリと細められる。 何故。 いつもはキリッと鋭いのに。 滅多にそんな優しい目しないくせに。
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