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僕は小さな老舗の喫茶店に勤めている。 毎週ある男女がこの店には来る。 僕はその二人が見たくて、シフトを必ず土曜日に入れている。 いつも女性の方が先に来て、小さなトントンという音を立てながらコーヒーをブラックで飲む。 それから少し経って男性が来て、砂糖をひと匙入れたコーヒーを飲む。 二人は殆ど会話という会話をしない。 特に彼の方が言葉はほとんどが単語で。 彼女はそんな彼の言葉を理解し、それに少し言葉を足して返す。 僕はそんな二人を見ているのが好きで、お気に入りのショットだ。 しかし今日の彼女は目が腫れていて、泣いた事がわかった。一体何があったのか。いつも通りコーヒーを持っていけば、彼女は入れないはずの砂糖を、彼のようにひと匙だけ入れた。そして涙を流す。 何故か、他人の筈なのに、僕まで泣きそうになった。 あまりにも、悲しそうで、苦しそうで、儚くて、綺麗で。 仕事をしながらチラチラと彼女を見ていれば、いつも帰る前に彼が吸っていた煙草を吸い始めた。瞳からは相変わらず涙が流れていて、彼女の頬が乾く事は無かった。 そして、今日、彼は来なかった。 彼女は煙草を半分だけ吸い、泣き腫らした目で帰って行った。 そして、彼女はそれからこの店へ来る事が無くなった。 彼が来る事も無かった。 彼女が最後に去った後のカップには、ひと匙の砂糖が溶けたコーヒーが半分以上残っていた。
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