巣立つ彼女の忘れ物

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 就職を機に一人暮らしを始める妹は、新幹線のドアに立った。「なにかあったら電話するねー」と振り返るが、危ないっての。 「おう、気をつけてな」 「兄貴たちも気をつけてよ?」  『たち』と言いつつも、見送るのは俺だけだ。母さんと父さんは仕事の関係で来られなかったというオチである。「誰も行かないのは可哀想だから、時間があるお前が見送ってやれ」とうるさかったので来たなんてことは言わないけどな。時間だけはあるんだよ、フリーターだから。フリーターだからね、俺。 「解ってるよ。忘れ物はないな?」 「ないよー。兄貴、見送りありがとう。そろそろ行くね!」  「あばよ!」と元気よく別れを告げて新幹線のなかへと消えていく。それはいいが、『本当に忘れ物はないんだよな?』と一抹の不安が過るのは、妹は昔から忘れっぽいからだ。やれ体操服を忘れただの、やれ財布を忘れただので俺のクラスに来てジャージや金を借りていった。年子であり、かつ兄妹の仲がいいからできたことだろう。それともうひとつ、「あばよ!」は若干古い気がするぞ。  発車する新幹線の最後尾が消えるまで眺め、さあ帰ろうと踵を返したところで、メールの受信があった。短く鳴るメロディは、妹からのメールだと知らせている。
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