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テルがグラスの破片を絨毯(じゅうたん)の床に投げつけた。周囲の人間がこちらを見ている。
「わかってるよ。だがな、こいつは戦争だ。負けて結ぶ講和と勝って結ぶ講和の条件は天と地の差だろ。戦争なんて勝ってから考えりゃいいんだ」
進駐官養成高校で散々世界中の戦史を学んできたタツオだった。それはテルも同じはずだが、実際に下士官になってしまうと、歴史に学ぶというのは困難なようだ。勝ってから考えるといって、無数の国が滅んでいる。
行列の先頭にやってきた。坊主頭の半分が白くなった初老の職人が手早く鮨を握っていた。
「お待たせしました」
渋い声とともに舟形の皿をさしだす。
「ありがとうございます」
受けとりながら、タツオは自分はきっとこの人の年までは生きられないのだと思った。
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