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一章 名のない花 1
1 二〇二四 水無月――末
今日は、朝から雨が降っていた。夕暮れ時に映えるはずの太陽も、あの厚くて黒々とした雲たちを貫くほどの光を放つ気はないらしい。時計の短針が午後四時過ぎを示す今頃になってすら、外界の様子に変化はなかった。
それもそのはず。最近はどの放送局の天気予報を見ても、雨、雨、雨のオンパレード。画面には賑やかな傘マークが、所狭しと並んでいるのだ。閉じた傘、開いた傘、水滴に濡れた傘、他にもたくさん。もう放送局が持っている傘マークの種類に知らないものはないのではないかと思うくらい、僕らの地方の人間は、強弱様々に雨という天気を網羅していた。これも、梅雨時の宿命と言えばそれまでなのだが。
そんな空模様に辟易しつつも、僕は出先の病院から家までの道に踏み出そうとする。そんなところだった。
「あ……傘……」
そこで僕は、思わず呟く。理由は簡単。傘を、なくしてしまったのだ。
けれども、それは決して僕の落ち度ではない。僕は施設内に入る際、きちんと入り口の傘立てに閉じて立てかけたし、その場所も傘の特徴も、この頭に入っているのだ。
だとすれば答えは一つ。簡単だろう。
盗まれたのだ。
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