第1章

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 新は何も言ってくれなくなっていた。実のところ、彼とは特に約束などしていたわけではなくてたまたま会ったからここで一緒に座っているだけで、そんな義務もない。ただ全てが何となくだった。ボクらは待ち合わせなどしてないし偶然居合わせてこうして座っているだけで、もうこれ以上空っぽのものを抱えていつまでもぼんやりと風景を目の前にしているのも飽きた。  新が、その頃合を見透かしたかのように首を振った。 「……どうせ結論なんか出やしねえんだし、帰って寝ろ」 「結論?」 「もういいって、聞き返すな。鈴谷のことは一度忘れろよ」 「言ってないよ」 「本当か?」  それにボクは答える事ができなくて、やっぱり、ガラス越しの会話のように、目の前にいるはずなのにどこかズレたやりとりが、 「――やめやめ! キリがねえ」  遮られた。 「いいか、今度からはその長ったらしく内側に閉じこもった言い方はよせ、こっちまで気が滅入ってしょうがねえ」  ボクはそれに聞き返したが、自分でも分かるくらい弱弱しく、伝えるべき何も彼には届いていないように思えた。 「結局、何が言いたいのか分からないからだよ、聞かされるこっちの身にもなってみろ」  見下ろす視線は鋭かった。真上からの日差しに影は巨大な木と合体して、新の形を隠してしまっていた。  ボクは彼の、怒っているでもないけれどふざけているはずもない表情をどう受け止めようかと迷った。  新はそれ以上言葉を発することなく、単に、おもちゃに興味をなくした猫のような仕草で顔を背けた。駅前の雑踏が騒がしくなっていた。 「……お前こそ、独りでもうちょっと自分を整理してみな」  颯爽と去って行く姿は、あの日の鈴谷と同じように景色の、人々の中に溶けて行った。有無を言わさない彼の言動が、今更羨ましく感じられた。誰もが意志を持って真っ直ぐ進んでいるように見えた。  ボクだけがまだ、飲みかけのジュースを中途半端に両手に引っ掛けたまま、この木の下に座っている。
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