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7時15分、いつもより1時間早く玄関を出る。
黒のジャック・パーセルを右足からはいて、iPodを入れる。マイブラの"sometimes"がかかり、やっと僕は歩き出す。
僕は適応障害なので、いつもと違う行動をとるのにかなりの勇気を要する。そして2粒ほどの小さな薬が必要だ。
今日はそれが必要な日だった。
いつものケアセンターに通う道に新しくできたカフェ「うつつ」。オープンしてもう1ヶ月になるのだがどうしても気になってしょうがない。
大通りから離れた細い道に、桜の苗木畑に囲まれて楚々と建っている白くて小さいそのカフェは、手書きの看板に丁寧に施された植栽、ブルーの木製ドア、全てが何か曖昧で完璧で、だから今日こそはこのカフェに入ろうと思っている。
iPodからはもう5曲目のシガー・ロスが流れていたが、僕はそのイヤホンを外すと、羽根のようなデザインの錆びれた金色のドアノブをゆっくりと回してドアを開けた。
こじんまりとしたクリーム色の店内。流れる曲はサティの"ジムノペディ"。淹れたてのコーヒーの香り。立ちのぼる湯気の中にはこのカフェのような彼女。
「いらっしゃい。」
優しくて安心するような笑顔。
店内には誰も居なくて、僕は窓際の席に座った。
彼女が水を持ってくる。ドキドキした。
「ご注文はお決まりですか?」
「えーと、コーヒーをください。ホットで。」
「はい、お待ちください。」
変じゃなかったかな?注文の仕方。もう何年も1人でカフェなんて来ないから。なんだか普通がわからない。
「お待たせしました。」
「あ、どうも。」
ひと口飲むと、とても美味しいコーヒーだった。
「おいしい…」
「ありがとうございます。あ…!」
突然彼女が僕のカバンを見て驚いた表情を見せた。
「その缶バッチ。わたしもニルバーナは大好きです。あと、スミスも!」
まさか、こんな可憐な人の口からニルバーナという言葉がでるなんて。
「え、うそ、こんな田舎にもいるんだ。スミス知ってる人。」
「うん、ここにふたりね。」
神様ありがとう。僕は今日勇気を出してよかった。
ほんとうによかった。
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