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仏像彫刻師(仏師)の高野武雄が、五歳の息子、丈史をともなってその町を訪れたのは、四月というのに肌寒い花曇の日だった。
高速道路を降りて山道を下っていると、木々が途切れ眺望が開け、町の全景が見えた。うらぶれた灰色の町。
町の向こうには灰色がかった海が遠近法を無視して町をのみ込む様に横たわり、水平線は煙る空と溶けあい霞んでいた。
彼の仕事は全国を点々とする。
今回は古いお寺の仏像の修復。重要文化財というほどの物ではないが、修復には学者を含むチームが組まれている。技術者として彼は呼ばれた。
ハンドルを握りながら助手席の息子に話しかけた。
「半年したら、お爺ちゃんとお婆ちゃんのいる町に帰るからな」
「うん。……今度の町はどんな所なの?」
「温泉があるんだ」
「うわぁ。すごい」
息子の喜ぶ顔を見て嬉しく感じたが、息子のためを考えれば定住しなければと思う。来年は小学校へ上がる。できれば同じ町にずっと住みたい。
「好い町だといいな」
「うん。いいに決まってるよ。だって温泉があるんだもの」
アパートには引越し屋のトラックが先に着いていて、丁度荷物を運び込んでいた。
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