4人が本棚に入れています
本棚に追加
駅までは丈史を連れてゆっくり歩いても五分だった。
高架線の中、つまり線路の真下に、古い商店街がある。暗い通路の両脇に、お店が並んでいる。
惣菜屋を見つけ、お弁当を買って帰り、その日はそれを夕食にした。
その後、向かいの温泉に行ってみた。
入ってすぐの正面に小窓があり、そこが番台だった。近所の主婦らしき初老の女性が座っている。
自分の分と丈史の分の子供料金、併せて九十円を払い、右手の男湯の暖簾をくぐった。
湯殿には洗い場などが無く大きな湯船があるだけだった。数人の老人が入っていた。
地元の人らしきその人達は、親しげに話していたが、見慣れない親子が入ってくると黙り込んだ。武雄は軽く会釈したが、よそよそしい顔附きで無視された。
お湯は殆ど源泉で、とても丈史が入れる温度ではなかった。武雄でさえ目を丸くしたくらい。
蛇口を捻り水でぬるめようとすると、嫌な顔をされた。そこで仕方なく洗面器にお湯をいれ水を足し、それを何度も繰り返し丈史を洗ってやった。
タイルの壁に蛇口が並んでいたが、水の蛇口ばかりで、シャワーもなかった。
風呂あがりに隣りの公園で少し涼んだ。猫の額ほどの小さな公園で、ブランコと鉄棒があるだけだった。ブランコに並んで腰掛けた。
「あのお爺さんたちすごいね」丈史が言った。
「何がすごいんだい?」
「だって、あんな熱いお湯に平気で入ってるんだもの」
武雄は笑った。
「温泉地の人だからね。多分子供の頃からずっと入ってるんだよ」
「へぇー。すごいや。僕子供なのに入れないよ」
丈史のとんちんかんな返答が可愛かった。
「お年よりは皮膚感覚が鈍って温度をあまり感じないそうだよ。熱すぎるお湯に気附かずに入って火傷しちゃう事もあるんだって」
「え? じゃあ、あのお爺さんたち火傷してるの?」
「いや、大丈夫みたいだったけど……」
「じゃあやっぱりすごいんじゃない」
笑顔を返しながら、町を貫く坂道の途中にスーパー銭湯があったことを思い出した。明日からはそこへ行こうと考えた。
最初のコメントを投稿しよう!