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「人は死んだらどうなるの?」
ある夜、丈史に訊かれた。寝かせつけている時だった。武雄はにっこり笑ってみせて、こう答えた。
「四十九日間、大好きだった人々の側にいてお別れをして、それから天国へ行くんだよ」
「みんな?」
「そうだよ」
「ちゃんと天国に行けるの?」
「そうだよ。だから安心してもう寝なさい」
「うん。わかった……」
納得した顔附きになって、丈史は目を閉じた。
母親の事を訊いてきたのだと思った。
けれど少し怯えた表情だった。気になりながらも、疲れた体を丈史の布団の側に横たえ少しうとうととした。
低い読経の声に目を覚ました。それは、幽かに聞こえてきていた。階下から。
またか、と思った。
このアパートに住むもう一人の住人。その男の出歩く姿を見たことはない。けれど必ず朝夕お経を上げる。随分熱心な人だと、感じた。
しかし訝しく思わないでもない。
彼も商売柄経文には詳しい。いくつも知っている。仕事にかかる前は必ずお経をあげる。
聞こえてくる声は本当に幽かでその言葉は不明瞭ながらも、少し位知った一節が耳に届いてもおかしくない筈。
それは聞いたことがない経文だった。
そしてあの臭い。
入居した当時はかなり強烈に感じたが、数日で慣れた。
しかし今また強く感じている。窓を開けると、あるいは部屋を出ると。風が運んでくる。卵の腐ったような臭いを。温泉地だから変ではないが。
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