15人が本棚に入れています
本棚に追加
話もしたいしさ、と助手席を指す。俺も同じ気持ちだったので、渡りに船とばかりに乗り込んだ。当然ながら車種は変わっていたが、山羊さんの手つきは相変わらず落ち着いていた。前もよくこうやって山羊さんの運転に身を委ね、あちこちの舞台を見に行った。
「久しぶりい」懐かしそうに、もう一度山羊さんは言った。「お久しぶりです」俺も返す。
不思議と、あとは言葉が続かなくなった。旧友に会ったらあの頃に帰るという定説はどうした?
俺は多少気まずいが、山羊さんはこの空気が嫌ではないようだった。彼はいつもそうだ。どんな空気にも馴染んでみせる。正反対の水瓶とも上手くやり、最後まで一緒にいようとしたのは、山羊さんだけだった。
俺は、水瓶を切った。
「蠍田。お前はわかってくれるだろ?」
水瓶が他人に救いを求めることなんてなかった。その時点で気づくべきだった、彼が逼迫していたことに。
「ごめん。俺も最近仕事が忙しいから、あまり演劇のことばっかり考えているというわけにはいかないな」
あの時は、心を鬼にすればそれが彼にとってもいいと思っていたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!