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あの時、あの声に反応して足を止めたのは、わたしの人生にとって必要なことだったのか。
その後も長いあいだずっと、わたしはその瞬間の判断について考え続ける羽目になった。さほど深く考えるまでもなく、あの時足を止めるべきじゃなかった、つまりあの選択は多分間違いだった、との結論に達する。端的に言うと後悔してる。
もっと他にやりようがあったはず。要領よく、あの女に関わらずやり過ごす方法がきっとあった。でもあの時のわたしは目の前で繰り広げられている事態のあまりの非常識さに何処かが麻痺したようにフリーズしてしまい、危機を感知するのが遅れた。そのせいでそれまでの人生の中ではあり得ないほど遠い存在だった人々に関わりを持たざるを得なくなったのだった。
彼女みたいな人や、その周りの男たちのような連中がこの世に存在してても無論おかしくはない。でも、わたしにとって彼らは考える必要のない世界の住人だった。平凡な、心のあまり浮き立たないぱっとしない恋愛をして、少し気の乗らないセックスをする。そんな生活が続いていたし、この先もせいぜいそんなところだろう。
そういう漠然とした見通しが突然わけのわからない人たちで埋もれて、一寸先のことも予測できなくなった。当然ながらありがたくはない。
わたしは人生にスリルなんか求めてはいない。味気ない、先の読める筋書きの方が断然性に合っているのに。
実に腹立たしい女の子、真砂。わたしの人生をかき回すだけかき回した。自分のしたいことしかしない女。
あんな風になりたい、なんて欠片も思わない。意地でも。間違っても。
例え彼女がどんなに快適そうに、幸せそうに見えても。わたしには無理だ。ていうか、わたしの知っている範囲では、あんなことを心から愉しめる女の子なんて彼女以外考えられない。
同じことはわたしには絶対できない。それを早く真砂も納得してくれたらいいのに…。
夜遅い時間、帰宅途中の自宅近くの公園のそばを通り抜けようとしたときだった。
遅いと言っても深夜ではない。書店員のバイトの遅番って、それなりに遅くまで開いている店舗の勤務とはいえ女の子が一人で帰宅するのも危ないような、そんな時間帯にはならないし。夜中の公園の中を突っ切ったわけでもない。住宅街と言った方がいい道ではあるけど、大通りから一本入った場所でしかなく、車の走る音が途切れることもなく聞こえていた。
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