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俯き、無意識で帰路に着こうとしている私は、自分でも気が付かなかった。知らずに、いつもの癖で勝手に熱に惹かれて歩いていることを……。
不意に、私の歩くその先に、誰かが立っているのが見えた。それに気が付き、顔を上げた。
薄暗がりの中、灯り始めたイルミネーションがキラキラ輝いている。光の瞬きの中、誰かがこちらを向いて立っている。手には、大きな花束を持ち、スラリと細い身体、少しモジモジとした足先。
「……志茂部さん?」
初めてその名前を呼んだ。
「お久しぶりです」
志茂部さんは、私を見つめ返してくれた。その顔は、初めて会った時の少年のような顔とも、プロフィール写真のような険しい顔とも違っていた。また、違う表情を見せてくれた。凛々しい大人の男性だ。
私は震える声を絞り出した。
「あ、あの、来てみました……。ここに……。ボートレース場に……」
志茂部さんは、目尻を下げて、優しく微笑んで言った。
「ありがとう。……君の姿が……、見えたから……」
「えっ?!あのスピードで?!」
素っ頓狂な声を上げ驚いた私に、志茂部さんは、クスリと笑った。
「レース中は無理だよ。ウィニングランの時に、見つけた」
はしゃいでいた姿を見られたかと思うと、恥ずかしくって、顔を覆いたくなり、俯いた。すると、志茂部さんが、スゥっと息を吸い込む音が聞こえた。
「お誕生日、おめでとう!」
志茂部さんの声が……優しく言ってくれた。
私は、勇気を出して顔を上げた。そして、
「優勝おめでとうございます!」
彼を見つめながら、言えた。
志茂部さんが、手にしていた大きな花束を、私に差し出してくれた。そして、
「これ、渡そうと思って。ここで待ってたんだ」
それは、巨大なモニター画面に映し出されていた、あの大きな花束だった。色とりどりの夏の花がネオンに輝いた。
「そんな、大切なもの……」
躊躇う私に、志茂部さんは、ちょっと強引に花束を押し付けてきた。
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