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「その為に、俺、頑張ったんだから、さ。……えっと……」
受け取った花束越しに見える志茂部さんの表情が、まるで少年みたいに、イタズラを企むように笑った。
「642、当たった?」
つられて私も、イタズラな笑みを浮かべてしまう。
「ひみつ」
私の返事に、二人してクスクスと笑ってしまった。
「……あの、……君の名前、聞いてもいいかな?」
勇ましいレース姿とはうって変わって、おずおずとしたはにかんだ声で、尋ねてくれた。
「……恭子、です」
私は彼を見て思う。ボートから降りて、ヘルメットを外し、私服姿になった彼のことは、周りの誰も、彼がボートレーサーだと気が付かないかもしれない。
とても穏やかで、優しい熱が、私を包む。心から湧き出し、体を満たしていく。
「……恭子さん、ボート、好きになってくれましたか?」
志茂部さんの言葉に、ギュッと拳を握りしめた。一生に一度の勇気を振り絞って、震える声を絞り出した。
「……あ、……あなたの事が、好きになりました!!」
私の言葉に、志茂部さんの顔が、ボワッと真っ赤になった。つられて私も顔面を沸騰させた。
志茂部さんが、自分の両頬を自分の両の手の平で覆いながら言う。そんな仕草が可愛くて。
「……今日は……、絶対、優勝しようと思ってたんだ。君は、俺のことなんか忘れてしまっているかもしれないと思ったりしたけど……。その……俺、6号艇になったし……、俺が勝たなくちゃ、恭子さんの誕生日の数字にならないし……」
手の届かない存在だと思ってしまった志茂部さんが、しどろもどろにいう言葉が、私の胸を切なくさせる。
もう一つの、もう一歩の、お互いの勇気で、この距離が近付きそう。
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