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一着じゃなくてもいい……、どうか、無事で……。怪我しませんように……。
「うわーっ!!」
一際大きな歓声が上がり、レースが終わった事を知った私は、恐る恐る目を開けた。
歓声に負けない実況中継のアナウンサーの声が耳に飛び込んでくる。
「一着6番、二着2番、三着4番」
私は、信じられない思いで手の中のチケットに目をやった。
「すごい……っ!」
レースを終えたボートが、水面から消えていく。だけど、ただ一艇、水面に残り、こちらに向かってくるボートが居る。緑色、6番……、彼だ!
私は、水際に押し寄せるたくさんの観客の中から、彼に大きく手を振った。
私のことなんか、見えていないかもしれないけれど……。それでも!
彼がボートを運転しながら、大きく右手を上げた。力強いガッツポーズに、ヘルメットの中の彼の笑顔が見える気がした。
私までが誇らしい気持ちになって、泣きそうになってしまった。
そして、彼のボートがプールから消えた。
すると直ぐに、プールの向こうの巨大モニターに、彼の姿が映し出された。ボートから降り、仲間たちに荒っぽい祝福をされながら、ヘルメットを外す彼。両手に抱えきれないほどの大きな花束を渡され、きっとはにかみながら笑ってる……、と思う……。
……私は、彼を見つめることが出来なくなってしまったから、彼の笑顔を見ることが出来なかった……。
私は俯き、小さく溜息を吐いた。
目の前に広がるプールの幅は、彼と私を遮る遠い距離に思えた。
熱狂が静まっていくプール。引き波のように、去って行く人々。
……彼とは、もう会えないかもしれない。
目の当たりにした激しいレースに身を置いている彼は、すごく遠い存在に思えた。人々の声援の中で輝いていた彼と平凡な私とは、住む世界が違うのかもしれない……。
何も始まらないまま諦める恋は、『大当り』チケットで、パーッと買い物でもして忘れることもできるけど……。
好きになった人から貰った誕生日プレゼントだから……。風に飛ばされないように、大事にしまっておかなくちゃ!!
私は、私の誕生日チケットを大事にカバンにしまった。
ボート場の熱が、少しずつ収まっていくにつれ、私の心も悲しくなっていく。
祭りの後の寂しさに似たポッカリした心に手を当て、ボートレース場の大きな門をくぐって出て行く。
肩を落とし、トボトボと歩き出した。
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