ドリップコーヒー

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「そうじゃなくてさ…」 と言うナオの言葉を私は、遮った。 「わかってるよー」 そう言って私は干しかけの布団をベランダの手すりに掛けて、室内へ戻った。 そのままナオの目の前に座り、ちょうどいい温度になったコーヒーを口に運んだ。 ナオはもう何も言わずに、飲み終わった自分のコーヒーカップを流しへと置きに行った。 私たちはその後、1ヶ月も経たずに別れた。 特に理由は無くて。 ただ、別れ際にナオは一言。 「アカリは俺の事、好きだった?」 私はそれに答えられずにいて、ナオは「もういいよ」と去って行った。 久しぶりに淹れたコーヒーは、相変わらず私の鼻をくすぐって。 少し懐かしい思い出を運んできた。 あの、黒い髪と切れ長の瞳のナオは、今どこで何をしているんだろう。 あの頃の私はナオを好きだったんだろうか。 好きも愛も、よくわからなかった頃。 ナオの気持ちも、よくわからなかった頃。 今だって、わからないことは多いけれど、あの頃のナオの好きと私の好きに温度差があったことは、わかるようになった。 ナオが傷ついていたことも、わかるようになった。 でも、あの頃の私には、あの好きが限界だったんだろう。 別れ際にボロボロ泣いていたナオを、ただ傍観するだけだった私は、ナオが私を好きなのと同じくらい、ナオを好きにはなれていなかったんだと思う。 私は、ゆっくりとドリップしたコーヒーをカップへと移した。 「ナオ、私はもう冷まさなくても飲めるようになったんだよ」 そう呟いて、コーヒーカップへ口をつけた。そうして最後まで飲み干して、カップの底に残った、わずかなコーヒーが薄く半円を描く様子を眺めていた。 ふと、そこに私の涙が一滴だけ加わって、半円の始まりと終わりが重なって、ごく薄い円になった。 私は、まだあの時のナオの涙には一滴しか返せないけれど、コーヒーの香りが連れてくる思い出に涙するくらいには、貴方を好きだったんだと思うよ。 円を描いたコーヒーカップを、かつてナオが座っていた私の向かいの場所へ置いて、私は立ち上がった。 「返事、遅くなってごめんね」 end
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