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致命傷を与えるまでには至らないが、後続するサラが無事通過するまで地面に叩きつけるには十分すぎる攻撃だった。
脆くも膝から崩れ落ちたアロスの体躯を、高さを意識したジャンプでサラが飛び越えた。
「あそこに、逃げこむぞっ!」
レイジがはるか前方を見据えて息絶え絶えに告げた。
視線をまっすぐに定めたサラはこくりと肯く。ゴールが設定されたことで、彼女の駆ける足がぐいんと速まった。即座、ぴたりとレイジの左隣に付く。
「連中の溜まり場ってオチ、ないでしょうね?」
さすがにいつもの鋭い勘を稼働させる余裕がないのか、息を切らせてサラはそう訊いた。
「それはない。見ろ。塔の上のほう、灯りが、点滅してるっ。人間が、いる」
それは廃墟の街から伸びるなだらかな丘陵線の中腹に建つ、荘厳な大聖堂だった。
***
レイジが言った通り、大聖堂には人間がいて、もちろん彼は聖職者だった。
神父はアロスたちに追われる二人を塔から見ていたらしい。厳重に閉じられてある大聖堂の正門まで二人が辿り着いたとき、ほぼ同時のタイミングで正門脇の小さな隠し扉のような石積みのドアが三十センチほど開けられ、闇から手招きの腕がぬっと伸びた。
聖堂内へ、早く……急かすように繰り返し屈伸する白い四本指。
その時点では、急勾配の上り坂をレイジとサラが猛ダッシュで駆け抜けたため、アロスの群れとの距離は二十メートル以上も離れていた。レイジは先にサラを建物内へ促し、自らは足を留めて一瞬だけ周囲を観察するように見渡した。
歪に膨れ上がり、無数の赤い斑点を浮かべた形相で追い迫る先頭集団のアロスは、黒い血の滲んだ唇をあんぐりと開いて歯を剥き出しにし、獲物を諦めることなく坂の最後の昇り勾配を駆け上がろうとしていた。その様を眺めながら、レイジは眉をしかめる。
しつこい。しつこすぎる。
アロスにこれほど執念深く追われたのは初めてだった。普段なら逃げ切れたと思える距離に達すると、逆に奴らのほうから自然に足が止まり、諦めて別の捕獲対象を捜すはずなのに。
ぎりぎりの間合いまで、レイジはアロスが追走に執着する様子を凝視し、あと二メートルという距離に迫ったところで、するりとその小さな隠し扉の隙間に身を埋めた。
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