第一章 殉教者

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 ドアが閉められた瞬間、外側の固い岩板にぶち当たる肉塊の衝撃と、外構の石積み面が激しく崩れる破壊音がしばらくの間不穏に響いた。それらに狂った咆哮が混ざって轟いた。  やっぱりおかしい。  まるで激高しているかのようなトランス状態のアロスの異常な気配に、レイジはまたも引っかかりを覚える。その思惟を遮るように人間の声が届いた。 「ご安心を。あのドアは百体二百体の化け物ごときではビクともしませんから」  わずかな蝋燭の灯に浮かび上がったのは、色白の初老の男だった。  年齢は六十歳近くだろうか。小太りで禿げあがった頭。柔和そうな穏やかな笑みをたたえた、聖職者らしい面持ちの紳士だった。彼は防塵マスクを装着していなかった。炎に照らされた明かりで神父を見る限り、皮膚や目や粘膜部に異常は視認できなかった。  もしかすると、レイジと同じく、強度の非免疫性なのかもしれない。細菌型免疫強化タイプ。その年齢では非常に珍しいことにも思えたが、あえてレイジは口にしなかった。理由は、サラがまったく特別なカラダを持つ、別種だという話題にまで及びたくなかったから。  非公認だが、人類におけるアレルゲン非免疫性主の生存者は、第二波大震災以降の現時点で総人口の0・七パーセント未満しか存在しないといわれている。  ちなみに第一波直後は、総人口に対して十八パーセント近く生存者がいたらしい。  ほぼ奇跡的に、この変わり果てた世界を生き抜く一人にレイジは選ばれた。それでもレイジは四六時中、外出時はもちろん、安全を確信できない建物内や室内でも防塵マスクを装着するようにしていた。いつアレルゲン、抗原種にリアクトするかは誰も知り得ない。  しかも抗原種の種類と量は時間の経過とともに、人間の目に見えない速度で拡大、拡張しているという。医学者も科学者も匙を投げた全世界を覆う怪現象に、絶対という保証はない。  そのようにして世界は瞬く間に狂っていったのだから。
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