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「ここは大丈夫。まったく心配ありません。あの廃墟の街をくぐり抜けた、あなた方であれば」
抗原種に対するレイジの不安を先読みするみたいに、神父は穏やかな声で諭すように言った。
「さあ……」
その場でのそれ以上の問答を避けるように呼びかけて、神父は丸まった背を向け、「さあ、行きましょう」とあらためて二人に言い渡し、暗がりの廊下を先導して進んだ。
通された聖堂内は、中世ヨーロッパ建築を思わせる外観以上に荘厳な雰囲気に満ち溢れていた。ゴシック調の複雑な柄と色彩のステンドグラスに囲まれた左右の壁面。聖壇には十字架に括られたリアルな白像のイエス・キリスト。そしてR型の丸い形状でデザインされた天井には、濃淡ある色彩で描かれた神々しい宗教的絵画が一面に美しく施されてあった。
サラはひと息つきながら物珍しそうにそれらを眺めた。
レイジはおそるおそるゴーグルを外し、防塵マスクを脱いだ。口を固く閉じたまま、こわごわと音なく鼻から呼吸するレイジを見て、神父は温かげなまなざしで小さく笑った。
「ずいぶんと慎重ですな。現時点まで生き抜けるほどの強度な非免疫性の人なら問題ありません。現に私がこうやって普通にここで暮らしているわけですから」
サラが黒目だけ動かして神父を一瞥した。
直後、彼女の左頬と唇の端がわずかに動いた。
なにかを感じ取り、なにかに引っかかったときの彼女のしぐさ。レイジはそれを見逃さない。この特殊な鋭い勘が、化け物と賊と暴徒で埋もれた廃墟の市街地や森や山野で難を逃れ、一人きりで彷徨う彼女を活かし続けたことをレイジはよく知っている。
しばらくは無言のまま、レイジは注意深く息を吸って吐いた。
一方のサラはまるで無防備に呼吸する。防塵マスクもゴーグルも必要としない。ナーヴァスなレイジとは対照的に振る舞う彼女の特種性に気づいているのかどうかは不明だったが、神父は特にサラに言及するでもなく、突然の闖入者らを静かに見守っていた。
ややあって場の雰囲気が落ち着いてきた頃、レイジはあらためて神父に礼を述べた。
「それにしても本当にありがとうございました。助かりました。内部に招き入れてもらえなければ、今頃どうなってたかわかりません」
ぺこりとお辞儀するレイジに、またも神父は控え目に笑った。
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