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「お互い様です。困っているときに助け合うのは。それにここは教会で、ご覧の通り私は聖職者です。万人のために尽くし与えることが使命ですから。たとえ、どんな世界になろうとも」
バリトンの彼の声は聖堂内によく響いた。それだけ教会内が静まり返っているとも言えた。
アロスはようやく諦めて退散したか、あるいは追手全員が時間の経過とともにすでに絶命したのかは不明だったが、つい先ほどの死の追走騒ぎが嘘のように感じられた。もう咆哮も悲鳴も呻き声も聞こえてこなかった。
サラはベンチシートに座って、脱力気味にレイジと神父のやりとりを傍観していた。腰を降ろした瞬間、一気に疲労感が噴き出したみたいだった。
瞬時、神父に対して放った警戒心のような気はすでに消えていた。あるいは意図的に潜めているだけかもしれないが……。
とりあえず、この場ですぐになにがどうというリスクはなさそうだな、とレイジは考える。
ただ、気を抜かないで そういうオーラがひしひしと彼女の佇まいから伝わった。
レイジは今後の身の去就について思案することにした。サラより一歳年下だが、こういう状況下における気の回し方や行動予測は彼の役目であり、自然と身についている処世術だった。
「今夜は泊まっていかれたほうがよろしいでしょうな」
またもレイジの思考を先読みするように神父は告げた。あまりに的を得た間合いで発せられた引き止めの声に対し、レイジはすぐに言葉を返せない。
「ご存じかと思いますが、夜闇は危険です。我々にとっては視界を奪われたどす黒い世界が広がるも、奴らにとっては絶好な狩り場がもたらされる。それにこの一帯はちょうど今時分の季節になると、北からの夜風が吹きすさぶので、禍々しい毒桜の花粉をいっそう運びます」
たしかに耳を澄ますと、ひゅううううという不気味な風切音が外で唸っていることに気づく。
土地勘のない廃墟の街外れで、ほとんど食料も水も照明具も携帯していない十代の男女ひと組が、あらためて今宵のねぐらを探し歩くのは、どう贔屓目に見ても分が悪い。
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