2人が本棚に入れています
本棚に追加
「半年前の二度目の大地震で……それは地獄絵のような惨劇でありました……」
そこでサラは深いため息をつき、左手で茶色に輝く髪に手を触れた。
虚ろな目を落とし、右手は細い首からぶら下がるチェーンに通されたICカードを握っている。
無言でレイジはまなざしを細めた。おそらく母との別れ際を思い出しているに違いない。
第二波大震災。二度目の大地震と大津波。
第一波大震災からちょうど半年後の初秋だった。
一年前の第一波大震災以降、この星は人類をふるいにかけるように大地を揺らし、大海を押し寄せ、全勢力を奮って猛攻してきた。
だが、それらよりもさらにおそろしい面妖な仕掛けが用意されていた。
地核変動がトリガーとなって引き起こす、我が物顔にはびこる人類へのリアクト。
第二波大震災の直後、レイジはサラと出会った。
混乱と混沌を極めた廃墟の外れの公園で。
サラとの邂逅をレイジは今でもありありと思い起こすときがある。
獲物に襲いかかる肉食獣に弄ばれるように、彼女はなす術なく絶体絶命の窮地に陥っていた。
すべては忌まわしい都市伝説のせいだ。
それはいつの頃からか流布された。
社会インフラが崩壊する直前、世界中の言語でネットに書きこまれた俗言は、神が終極に残した一縷の奇譚のごとく広まった。
多くの人間は今現実に起きている悪夢から逃れたいがため、その魔女狩りのような都市伝説に扇動され、救いの光を求めた。いつ第三波に襲われて死ぬかもしれないという、エスカレートする恐怖心理も手伝い、瞬く間に狂いかけた世界に浸透していったのだった。
実際、もしかしたら、近いうちにこの星には、人間は存在しなくなるかもしれない。
サラ、ただ一人を除いて。
それを知りながらも、レイジにはどうしようもできなかった。
それはレイジの哀しみであり、同時にサラの哀しみにほかならない……
「お連れの方は大丈夫ですかな?」
神父は自分のためのスープ皿をテーブルに置いて腰を降ろすと訊いてきた。親身で心配そうな面持ちをレイジに向ける。
「たぶん。このところの疲れが溜まっているんだと思います。ひと晩眠れば、よくなるとは思うのですが」
「そうですね。まだずいぶんとお若いですからな。お二人とも」
神父は麻沼と名乗った。もうこの教会で三十四年も教役者として勤めている、とも。
最初のコメントを投稿しよう!