第一章 殉教者

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「半年前の二度目の大地震で……それは地獄絵のような惨劇でありました……」  そこでサラは深いため息をつき、左手で茶色に輝く髪に手を触れた。 虚ろな目を落とし、右手は細い首からぶら下がるチェーンに通されたICカードを握っている。   無言でレイジはまなざしを細めた。おそらく母との別れ際を思い出しているに違いない。  第二波大震災。二度目の大地震と大津波。  第一波大震災からちょうど半年後の初秋だった。  一年前の第一波大震災以降、この星は人類をふるいにかけるように大地を揺らし、大海を押し寄せ、全勢力を奮って猛攻してきた。  だが、それらよりもさらにおそろしい面妖な仕掛けが用意されていた。  地核変動がトリガーとなって引き起こす、我が物顔にはびこる人類へのリアクト。  第二波大震災の直後、レイジはサラと出会った。  混乱と混沌を極めた廃墟の外れの公園で。  サラとの邂逅をレイジは今でもありありと思い起こすときがある。  獲物に襲いかかる肉食獣に弄ばれるように、彼女はなす術なく絶体絶命の窮地に陥っていた。  すべては忌まわしい都市伝説のせいだ。  それはいつの頃からか流布された。  社会インフラが崩壊する直前、世界中の言語でネットに書きこまれた俗言は、神が終極に残した一縷の奇譚のごとく広まった。  多くの人間は今現実に起きている悪夢から逃れたいがため、その魔女狩りのような都市伝説に扇動され、救いの光を求めた。いつ第三波に襲われて死ぬかもしれないという、エスカレートする恐怖心理も手伝い、瞬く間に狂いかけた世界に浸透していったのだった。  実際、もしかしたら、近いうちにこの星には、人間は存在しなくなるかもしれない。  サラ、ただ一人を除いて。  それを知りながらも、レイジにはどうしようもできなかった。   それはレイジの哀しみであり、同時にサラの哀しみにほかならない……   「お連れの方は大丈夫ですかな?」  神父は自分のためのスープ皿をテーブルに置いて腰を降ろすと訊いてきた。親身で心配そうな面持ちをレイジに向ける。 「たぶん。このところの疲れが溜まっているんだと思います。ひと晩眠れば、よくなるとは思うのですが」 「そうですね。まだずいぶんとお若いですからな。お二人とも」  神父は麻沼と名乗った。もうこの教会で三十四年も教役者として勤めている、とも。
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