ニヒルな坊主①

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 傘も持って来てなかった私は、先程とはうって変わり、力なくとぼとぼ歩く。身体が一瞬にしてずぶ濡れになる。  私が一体、何をしたっていうのだろう。私の何が足りなくて、何が嫌で、亨の心は離れてしまったのだろう。  ……何で、よりにもよって別れの日が私の誕生日じゃなければならなかったのだろう。  亨の本心など、亨本人に聞かなければ分かる訳がない。それでも、次々に答えの返ってくることのない亨への質問が頭の中で途方もなく膨らんでゆく。  三十分かけて念入りに直したメイクも、フワッとさせた髪も、この日の為に買ったワンピースも靴も全てパーだ。これだけ雨に濡れてしまったら、バーへやけ酒を飲みに行くことも出来やしない。  せめてお酒でも買って帰ろうかと、家の近所にあるコンビニへと立ち寄り、半ば放心状態で適当に品物をかごに入れた。    コンビニの冷房で一気に身体が冷えたのか、外に出るなり大きなくしゃみが出ると同時に身震いする。 「寒っ」  自分で自分の両二の腕を抱き締めながら呟く私に、コンビニのドアが開く音がした直後、後ろから誰かが声をかけてきた。 「大丈夫ですか?」  聞き取りやすいその涼やかな良い声に、私は思わず振り返る。 「あ……坊さんか」  袈裟と坊主頭のその姿を見て、私は思わず真顔でそう口をついてしまう。  すると何が面白かったのか、ハゲ坊主は口元を一瞬だが緩ませ、そして口元を手で押さえる。その姿に、さっきの裕子のつわりで口元を押さえて現れた姿が頭を過る。  苦虫をつぶしたような顔をしている私に、ハゲ坊主は自分が思わず笑ったことを私が怒っていると勘違いしたのか、コホンと咳払いして坊さんスマイルを向けてきた。 「えぇ、残念ながら坊主です」  私とハゲ坊主との間に数秒間、不思議な間が生まれた。これまで、お坊さんという存在をこんなにも間近で見たこともなかった私は、ついつい凝視してしまっていた。自分がずぶ濡れで、メイクもはがれ落ちているみっともない姿だということもすっかり忘れて。 この人……ハゲ坊主のくせに、無駄に男前だ。  品の良い目鼻立ちで、おまけに背も高い。亨よりも少し高いだろうか。見上げる時の目線の位置が少し高い気がするから、きっとこのハゲ坊主の方が高いんだろうな。
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