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奈津、と笑顔で待ち合わせに現れていた付き合い始めた頃の亨の顔が、ふいうちで脳裏を掠める。
……何で、このタイミングで出てくるかな?
途端に目頭が熱くなって、ハゲ坊主の顔を穴が開く程に見つめていた私の両眼は、動揺して大いにぶれまくる。ヤバい、泣きそうだ。
きっと、溢れ出てしまいそうになるこの感情は、必死にさっきまで瞬間冷凍させていた亨への想いなのだろう。当然のことだ。
七年間自分の中にあった気持ちを、たかだか二、三分の出来事でなかった事にするなんて出来る筈がない。
でも亨が選んだのは裕子で、どんなに想っても、この気持ちの行き場はもうどこにもないのだ。
「大丈夫ですからっ」
私はぶっきらぼうに顔を背けて、早口で呟くと、慌ててその場から立ち去ろうと踵を返す。その瞬間、ズルッという感覚が右足を襲い。
「……え?」
雨で滑りやすくなっていたコンビニの軒先で、私の身体は完全によろめいてバランスを崩した。
転けるっ。
面白いくらいに、黒のハイヒールを履いた右足が、弧を描こうと上がる。しかし、後ろへこけそうになった私の身体は、気がつくと斜めになった状態でかろうじて停止していた。
「全く……大丈夫じゃないじゃないですか」
閉じていた瞳を開けると、そこには、更に距離が近くなったハゲ坊主の顔があった。危うく頭から転けそうになった私を、ハゲ坊主が後ろから抱き止めてくれたのだ。
お香の匂いがする……。
袈裟からたちこめる柔らかで安心するその香りと、支えられて包み込まれている心地よさに、一瞬だけ、ずっとこのままでいたいと考えてしまう。本当に一瞬だけそう思って、ハッと我に返った。
「す、すみません」
さっきまで何とも思ってなかった恥ずかしさというやつが今頃になって現れて、私はハゲ坊主の腕から慌てて離れようとした。
「痛っ」
立ち上がろうとしたが、右足を痛めたのか上手く立ち上がることが出来ない。自分の腕の上でもがいているずぶ濡れでしかも足を挫いた哀れな女ーーつまり私に、ハゲ坊主は淡々とダメだししてきた。
「どうやら、今日の貴女は……天国から地獄のようですね」
今日一日の一喜一憂を見透かしたかのようなその発言に、私は思わずカッとなった。
「なんで、あなたにそんな事言われなくちゃ……きゃっ」
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