第二章 寵愛者 続き

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 ケンジの背後ではパニックと化した煙だらけの街の様子が淡々と放送されていた。定点カメラが撮影しているようで、やや高い位置から無感情に垂れ流しされるむごたらしい映像は、三流のハリウッド映画さながらの嘘臭くて安っぽい作り物の動画にしか見えなかった。  だがしかし、今、レイジの目の前には、リアルな化け物がいた。  雄叫びを上げてふたたび迫りくる弟に対し、レイジは戦闘態勢をとるしかなかった。  高校ではバスケ部だったが、武道家でもあった父の教育方針で、小学校からずっと空手道場に通っていた。  黒帯三段。身長百八十一センチ。体重七十二キロ。  高校でもトップクラスのガタイ。対して、虚弱体質で武道の心得がない弟のケンジは身長百七十センチに満たなかった。その体格差が幸いしたかどうかは定かではなかったが、アロス化しようともレイジのパワーは化け物を寄せ付けなかった。突進してくる弟のノーガード状態のみぞおちに左足で鋭い前蹴りを入れ、動きが止まりかけた瞬間、強烈な右回し蹴りをこめかみに当てて振り切った。  ぐしっ。甲骨が化け物の頭蓋骨に陥没してめりこむ。  ケンジ……さよなら……  声なく心でレイジは呟いた。  と同時、白い壁にどす黒い血を斑にまき散らしてケンジは吹っ飛んだ。そのままソファーまで弾かれてワンバウンドし、衝撃の反動で顔面から床に叩きつけられて昏倒すると、ぴくりとも動かなくなった。  その光景をレイジは他人事のように俯瞰した。  テレビでニュースキャスターの耳障りな悲鳴がつんざいた。それを最後にぷつんと映像が途切れて、画面が真っ黒に変わり、いっさいの音までが消えた。  間もなく、割れたガラス窓の外から、先ほどのテレビと同じ悲鳴や怒声がいくつも折り重なって聞こえた。阿鼻叫喚  大学受験のために覚えた四字熟語をレイジは思い浮かべた。  ああ、世界は狂ってしまったんだな。  びくびくと手の指先を痙攣させ始めた、かつて弟だった化け物を見下ろして、レイジはそう実感した。  レイジは大きめのバッグに衣類とありったけの食糧と水と包丁と薬とハンマーとドライバー類を詰めこみ、一番丈夫そうなブーツを履き、右手に金属バッドを握りしめて、マンションの冷たいドアノブを握った。ここから先、地獄絵が待っている、と、己の心にたしなめながら。
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