第二章 寵愛者 続き

4/7
前へ
/40ページ
次へ
 それがレイジの勇気をかき立てた。  レイジは大柄なアロスの追突を前回転してすんでのところでかわすと、横たわった姿勢からその後頭部に照準をポイントする。目の前の攻撃対象を失って振り返ろうと足を止めたアロスへ、レイジは無慈悲に引き金を引いた。  ガゴグゴッ。  鉛玉が化け物の頭蓋骨を貫き砕く。飛び散る脳しょう。ぐらりと巨体を揺らして膝から地面に崩れ落ちる瞬間、被弾したアロスの断末魔の絶叫が激しく闇にこだました。 「ひいいいいい!」  狼狽した悲痛な女の悲鳴が重なって聞こえたのは直後だった。  驚いたレイジとサラが、慌てて声のするほうに目を動かして言葉を失う。  外敵の急襲に気を取られていたカオルコに、ユウイチのアロスが襲いかかっていた。  彼女の左腕がユウイチのアロスにきつく噛まれる。おそらく連続する銃撃音と死にゆくアロスの叫び声に触発されて逆上したのだろう。それがスイッチとなって、今まで母にだけは攻撃を押しとどめた理性が打ち負けたに違いない。辛うじて母親の存在を認知しかけていたユウイチは、アロス本来の凶暴性に自我を呑みこまれ、完全に暴徒の側に身を置いていた。  それでもなにを思ったか、カオルコは己の腕を喰う幼きアロスを引き寄せて抱きしめ、その腫れて歪な皮膚に頬を擦り寄せて愛情を示そうとした。  噛まれた結果がどうなるのかはわかっているようだった。母親の両目の端に透明の光るものが映り、焚火の炎で照らされた。ユウイチのアロスは低い唸り声を発して身をよじり、全力であがき抵抗したが、カオルコはぎゅっと抱擁を強め、その身を離そうとしなかった。  あっ    声を上げる間もなく、レイジとサラは次にカオルコがとった行動に目を見張った。  彼女はうしろ腰に片手を回して素早い動作でメタリック色の手錠を掴むと、一方をユウイチのアロスの右手に嵌めた。そうして小さなアロスを抱きかかえたまま、近くに停めてあった四輪駆動車まで早足で進んだ。おもむろに運転席側のドアを開けて窓ガラスを降ろす。  そのウィンドウフレームに手錠を通すや、自分の左手首にその片方を嵌めた。さらにもうひとつ手錠を取り出すと、両者が車からけっして離れないよう念入りに絡めてさらに固く施錠した。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加