第二章 寵愛者 続き

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 自分たちがサラとレイジを襲わないための予防線なのか、あるいは自分たちを置き去りにして一台だけの車輛で逃亡されることを憂慮したのかはレイジには判断しかねた。  その間にも、カオルコの顔の皮膚は早くもごつごつ膨れ上がり始め、毒々しい赤い斑点が発疹のように浮かび、みるみるアロス化を遂げていった。  次なる不穏な出来事に警戒して身を固めていたレイジとサラは棒立ちのまま、ただ成り行きを見守るしかなかった。 「う、撃だないで……ごの、まま、最後まで、ごうやっで、親子、一緒、に、いざ、ぜで」  濁音が混じる苦しげな言葉で懇願するようにカオルコは訴えた。  目の表情だけがわずかに人間味を感じさせるものの、面持ちはすでに完全にアロスに変貌していた。  眼前の二体のアロスを撃とうにも、もはやレイジの握るガンの弾倉に銃弾はなかったが、カオルコはそのことを知らない。  サラは息を飲んで立ちすくんだまま、顔の下半分を両手で覆っていた。  カオルコの悲鳴が激しくなる。  それに応じてユウイチのアロスの唸り声が狂ったように呼応する。  遠くから別のアロスの咆哮が反応して轟いた。ここもまた地獄絵が始まろうとしていた。 「サラ、行こう」  レイジが固い声で呼び掛けた。  アロスがアロスを呼び、この場に集まってくるのはもはや時間の問題だった。悲愴で凄絶な修羅場が目に浮かぶ。  弾かれたようにサラが訊き直す。 「行くって、どこに? 二人を見捨てて行くつもり?」  レイジはいっそう固く強張った声で言う。 「もう、人間じゃないよ」  苦悩する悶絶にも似た絶叫を上げ、つい先ほど自らで拘束した手錠を引きちぎろうと必死でもがくカオルコを見ながらレイジは面持ちを歪める。  なんの前触れもなく一瞬でリアクトし、猛然と兄に襲いかかってきた弟のケンジにその像が重なる。  「あの傾いだマンションに逃げこもう。そうして朝までなんとかやり過ごそう。きっと陽が昇る頃には沈静化している。そしたら車と物資を取りに戻ってこよう」  あえて、死ぬ、という言葉は用いなかった。 「そんな……」
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