コーヒーの苦み

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「全く、美味しそうに食べやがるぜ」 ガハハと笑う気さくなマスター。 ほんとうに、このお店で朝を過ごす度に生きる力を分けてもらっている感じだ。 さて、そろそろコーヒーを。 砂糖もミルクも入ってない、漆黒の液体をグイッと飲む。 口の中を炎が駆け回るように熱が走り回るが、それもすぐに止み、コーヒーの苦味が口に広がる。 ーーコーヒーの苦味を理解出来るようになったのはいつからだろうか? 昔は、この苦味が大嫌いだった。 でも、今はこの苦味がむしろいい。 苦いからこそ、美味しく感じる。 「ふぅ、相変わらず、コーヒー飲むときだけは不思議そうな顔するな?」 いつものようにマスターが声をかける。 そして、私もいつものように返す。 「マスター。コーヒーの苦味が美味しく感じるのは、大人になったからかな?」 いつもの問い。 質問に返されるのは、はぐらかされた答え。 けれども、今日は違った。 「その苦味に勝る経験をしたからよ」 遠い目をするマスターを黙って見つめる。 「人生ってのは、なげぇのよ。 途中にあったことなんて、ほとんど忘れちまう。 けどよ、楽しかった事より、嫌な記憶のが残りやすいもんだ。 そいつらはよ、その時は嫌でも、後から思い返すと、どんなに楽しかった記憶よりも輝いてみえたりするもんさ。 コーヒーの苦味は、そいつを思い起こさせるから、好きなんじゃねぇか?」 なるほど。 そんな考えもあるのか。 「で、今日の仕事も苦そうなやつかい?」 元の顔に戻ったマスターが声をかける。 「えぇ。 けっこうね」 すました顔で答えると、マスターは悟ったような顔をした。 「カンパニー勤めも大変だな? 今日のお代はいつも通りツケにしとく。 じゃあ、気ぃつけてこい」 マスターの逞しい腕で肩を叩かれ、私は店を追い出される。 全く、幼い頃からお世話になってるとはいえ、お客に対する態度がなってないのがあのマスターの弱点ね。 ぶつくさ文句をいいつつも、そんなところが気に入っている私は、また次があれば、朝にはあそこを訪ねるのだけれど。
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