僕らの夏は始まらない。

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 「……そうやってボロボロにした掌で、俺は何を手に入れたんだろうな」  俯いた拓也の口から、哀しげな言葉が零れる。  「手に入れたものならあるじゃないですか」  何をだ。という拓也の無言の問いに対して、勿体付けたように間を空けて翔太は答える。  「エース山崎翔太からの信頼です」  悪戯っぽく翔太は笑う。あまりにも馬鹿馬鹿しい答えに、つられて拓也を頬を緩めた。  「もうちょっと良いこと言えないのかよ」  「これ以上ない宝物を手に入れたと思いますけどね」  俺がプロになった時に自慢できますよ。と翔太は嘯く。  「その信頼を試合で発揮出来たら良かったんですけど」  でも拓也さんは野球が下手ですからね。とまた余計なひと言を翔太は発する。  「悪かったな。試合に出れなくて」  「本当ですよ、全く。……ちゃんと責任とって下さい」  翔太の言葉にしては、珍しく歯切れが悪かった。握りしめられていた拓也の掌は少し温かくなっていた。
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