僕らの夏は始まらない。

3/22
前へ
/31ページ
次へ
 「あれ、拓也さん。今日も居残りですか?」  真新しいユニフォームに身を包んだ部員が練習場に入ってきた。彼が着ていたのは公式戦用のユニフォーム。その背中には、大きく「一番」が縫い付けられている。  「お前こそ、そんなもん着たまま自主練するのかよ」  拓也の問いに対して、「一番」の彼は見せつけるかのように着崩していたユニフォームを着直した。  「もうちょっと大きめの方が格好いいと思いません? 部の支給品なんで文句は言えませんけど」  無邪気に笑う彼、山崎翔太こそ、この野球部の絶対的エースだ。甲子園常連校に鳴り物入りで入学し、一年生の秋からエースに君臨。二年生になった今では、プロ注目の選手となっている。  「……ずいぶん調子に乗った発言だな。ベンチ外の三年に聞かれないようにしておけよ」  殴られかねないぞと拓也は忠告する。そんな先輩の忠告も、翔太が気にする様子はなかった。  「この時期に俺を殴れる人っているんですかね?」  わざとらしく首を傾げる翔太。答えの分かりきった問いに対して、拓也はまた溜息をついた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加