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時間を今でも覚えている。彼女に一声かけた瞬間の時間。午前十時二分四十六秒。僕が目の前に立つと彼女は少し驚いた様子を見せた。
「同じ飛行機?」
「そうだと思う」
彼女の横にいた女子は僕が気に入らないのか、軽く彼女の頬にキスをして別れた。彼女が再び僕の顔を眺めた。
「一人なの?」
「いつものことだよ」
「秋休み、何するか決めてる?」
「全然。ほぼノープラン」水が飲みたかったが肝心のペットボトルがない。息が詰まりそうだ。
「大丈夫?」
「な、何が?」
「顔色が良くないみたいだけど」
そう。彼女との思い出の中で最悪な健康状態だった。顔が赤くなりすぎて失神寸前だ。「ちょっと水が、飲みたい」
「じゃあ、あそこの売店に行きましょ」
彼女に腕を持って体を支えてもらいながら売店まで歩いた。現実の時間では一分ほどだったが、時空の歪みが起こって十分が過ぎ、二十分も一緒に歩いたような嬉しい時間だった。
水は抜群にうまかった。彼女が心配しておごってくれたのだ。
「はあ。生き返った」
「良かった。急にどうしたのかと」
「ごめん」
女性の美貌や髪から漂う香りのせいで圧迫感のある誘惑に翻弄されるのは初めてだった。女性への免疫が少ないために体調が狂った。だが、好転した後の余韻は破壊的である。つまり、彼女の虜になっていた。
僕はじっと彼女の横顔を見た。彼女が気づいた。
「もう大丈夫?」彼女の手が僕の肩に触れた。
「だ、大丈夫」
彼女の手が離れた。腕時計で時間を確認している。その腕時計と同化した手は小さく、優しそうだった。
「フライトまで一時間はある。もし良かったらカフェとかで時間潰さない?」
「二人で?」
「駄目かな」
落ち着いて飲めるだろうか。不安だ。だからと言って断れば、彼女との関係にさっそく傷を与えてしまうと思った。
「いいよ」
ペットボトルを空にしてバッグにしまった。
僕は心拍数の数値を気にしていた。
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