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精神分析
私には妹がいる。ちょっぴり年の離れた妹が。『奏』と名付けられた妹は、私とは比べ物にならないほど綺麗な子だった。その美貌は少しずつ、しかし着実に私の心を蝕んでいった。
私たち姉妹にはある習慣があった。それは〝キス〟だ。私達が離れるときは必ずキスをする、そういう決まりだった。
「おねえちゃん、がっこういくの?」
「そうだよ。奏はお家で待っていて。」
「やだー、おねえちゃんといっしょがいい!」
「すぐ戻るよ。」
「ほんと?すぐ?」
「うん。待っていてね。そうだ、手を出して。」
手の甲へキスを落とすと、奏はお姫様みたいだと喜んだ。
忘れもしない二月十三日。その時、私は既に二十一歳、奏は十四歳だった。私がいつものように奏に挨拶をしようとすると、彼女が私の手を振り払った。
「え…どうしたの?」
「あのさ…毎回毎回キスしてさ、変だと思わない?」
電撃を浴びるような衝撃ののち、私はやっとのことで言葉を続けた。
「…そうかな。私は別に…」
「この年にもなってこんな事をしている姉妹なんて普通いないよ。姉さんもそろそろ子離れしてよね。いや、妹だから妹離れか…」
学校を終え帰宅すると、奏がキッチンに立っていた。
「ただいま。何してるの?」
「おかえり姉さん。これは…」
話を聞くと学校に好きな男の子がいて、その子に渡すチョコを作っているらしい。私は奏の横にあったボウルの中身を彼女にぶちまけた。唖然とする奏に向かって言ったこと、
「シャワー、いこっか」
静かな浴室内に水音が響く。
「どうしてこんな事したの?」
「…」
「話したくないならいい。でも、今謝ってくれなきゃ許さないから。」
「…黙って。」
私はシャワーの元栓を閉め、奏を抱きしめた。
「は…?」
「美しい…」
沈黙が私達を支配した。一時間、ともすれば二時間か、私は所有権を有するが如く奏を抱き締め続けた。
「姉さんってさ、」
バスタオルを纏い浴室から出てきた奏が言った。
「私が好きなの?それとも私を好きな姉さん自身が好きなの?」
「…さあね。アドラー心理学でも読んだら?」
「貴女に時間を割くぐらいなら部屋の掃除でもするわ。」
捨て台詞を吐いて、奏は部屋へ行ってしまった。ふと後ろを振り返ると、テーブルの上に分厚い本が置かれているのが見えた。
「フロイトは…系統が違うんじゃないかな。」
そう呟きながら、本棚へしまい込んだ。
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