お好きなものをご注文

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あとの小一時間、私はもう彼とは言葉を交わさずに、紅茶とタルトを堪能して、物思いに耽った。 そろそろ帰ろうかとガラス越しに外を眺めると、雨はほとんど止んでいるようだった。 「あの、聞いてませんでしたけど、お会計っていくらですか」 値段も考えずに頼んでみたものの、今更になってその金額にドキドキする。財布をバッグから取り出して中身を確認していると、不思議な言葉が返ってきた。 「あ、初めての方からは、お金はいただかないことにしてるから大丈夫だよ」 「えっ」 思わず声を漏らした私を気遣うように、 「次回、来る機会があったら、まぁ一般的な喫茶店の値段設定くらいで考えていてもらえれば問題ないかな」 と彼は付け加えた。 「いえ、そんな。あんなに美味しい紅茶とタルトをいただいて、こんな初対面の人間の身の上話まで聞かせてしまったのに…」 私は慌ててそう言ったけれど、彼は来店した時から変わらない笑顔でまた、 「ここはそういうお店だから、大丈夫だよ」 と笑っていた。 「少しは、気持ちが晴れたかな?」 出口の扉に手を掛けたとき、送り出しに来てくれていた彼が声を掛けてくれた。 「はい、なんだか少し肩の荷が下りました。今度の休みにでも、お墓参りに行ってきます」 曇りのない笑顔でそう返すことができた。 「来たいときに来てくれたら僕はいつでもいるから、またおいで」 「はい、今日は本当にありがとうございました」 頭を下げて、私はお店をあとにした。 雨上がりの外は、空気が澄んでいて、こんな中で煙草を吸うのはもったいない気がして、慣れた手つきでポケットから取り出そうとした煙草をまたポケットに押し込んだのだった。 彼女を見送ると、マスターは空を見上げた。 「いやぁ、晴れた晴れた」 そう言って、また店内へと戻っていったのだった。 “take shelter” 雨が降ったら、またお待ちしております。
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