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「お待たせしました。プリンス オブ ウェールズと、洋梨のタルトでございます」
優雅な仕草で、彼はティーカップとティーポット、タルトのお皿をテーブルに置いた。どこからどう見ても、一流のお店の仕草に見えるのに、彼からはなぜか親しみやすさがにじみ出ていた。
「あの…」
席から離れようとしている彼を、つい呼び止めてしまった。店員に話しかけたことなど今まで一度もなかったのに。
彼は振り返ると、次の言葉を待つように笑顔をこちらに向けてくれていた。私はすぐに言葉を探す。
「…どうして、メニューもなく言ったものがちゃんと用意できるんですか?私、ありきたりなものは頼んでないと思うんですけど…」
男性は、聞かれることがわかっていたように、口を開いた。
「ここは、そういうお店だからね。気味が悪いかな?」
「いえ…この紅茶、置いてるお店を今まで見たことがなかったので、すごく嬉しいです」
そう、この紅茶は、家でしか飲めなかった紅茶だ。
「この紅茶に、なにか思い入れがあるんだね」
なにかを感じたのか、彼はそう言った。
私は、少し困ったように微笑んで間を置いた。話すか話さないかを、一瞬迷ったからだった。
「母が…いつも入れてくれた紅茶なんです」
カップから漂う懐かしい香りが、店内に薄く広がっていた。
そう、という息をするかのような自然な相槌が返ってくる。聞かれてもいないのに、私は、不思議と次の言葉を口にしていた。
「今日が、五回忌なんですけどね。実家も離れていて、なんの目標も生き甲斐もなく過ごしていたら、母に報告できるようなこともなくって、そしたらなんだか帰るのも気が引けてきちゃって」
こんな見ず知らずの人に何を話しているんだろう、そう思いながら話しているうちに、なんだかまた少し虚しさが増したような気がした。
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