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陶片
「権兵衛、そろそろ轆轤を回してみんか?」
「いや、俺はまだ、先生みたいな作品を焼き上げる自信はありませんよ」
「えぇーっ、権兵衛さんなら飲み込みも早いし、きっとすごいのができるんじゃない?」
「カナちゃんまで、何言ってるんだよ! 俺は窯の出し入れさえまだまだなのに……」
ここ九州は焼き物の里、小石原に住み始めて、7度目の春を迎えようとしていた。
先生というのは、小石原焼の窯元「乾窯」の八代目乾太源こと、太田経義さん。カナちゃんとは、先生の姪で看護師の太田加奈子ちゃんだ。
俺は、カナちゃんの紹介で、この「乾窯」で居候をしている。
「権兵衛、私も歳だ。馬鹿息子に跡を継がせる気はない。お前さえ良ければ、私の名跡を譲っても良いと思っている」
「いやいや、先生はまだまだお若いですし、どこの馬の骨ともわからない俺に、こんな由緒ある窯を、そんなに簡単に譲ってはいけませんよ」
「これも縁……すぐにとは言わない。お前が決めることだ」
俺は、陶芸家になるつもりでここに来たわけではない。
おそらく、俺は「権兵衛」という名前でもない。
俺は今、「権兵衛」と呼ばれ、本当の自分が誰なのかわからぬままに生きているだけだ。
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