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それでも、せめて夫婦仲がよければよかったが、乙姫の外見のこともあり夫婦は次第に会話をしなくなった。
そもそも、何をしようにも亀のペースなのだ。
まだ恋心があった最初は、なんておっとりしていて控えめな女性なのだと感心していたが、万事、亀のペースでは会話も退屈になってきた。
城主の仕事を嫌がり、妻を避ける太郎に対し、周囲の視線は徐々に冷たくなり始め、最近ではすっかり居場所がなくなっていた。
その証拠に、浜へ帰ると話したときも止めるものは誰一人いなかった。
乙姫だけは表情を曇らせたが、やかましく言うことはせず、話しをした翌日には、浜へ帰る用意を整えてくれたのだ。
おかげで、あれこれ考える暇もなくあっという間に浜に帰ってきてしまった。
ほんとに、これからどうするかなぁ。
目の前に広がる海を見て、太郎は途方に暮れた。
「そこの方、あなたが300年前に行方不明になった浦島太郎さんですか?」
振り向くと、立派な着物を着た見目麗しい青年が太郎ににこやかに微笑みかけていた。
「えーと、なんかそいうことになっちゃったみたいなんですが、よくわからなくて…。あなたは?」
「私はこの集落の長の孫で秀右衛門と申します。集落の歴史の研究をしており、先ほど噂を耳にし、ぜひあなたからお話を伺いたいと思いまして」
「はなし?わしから?」
秀右衛門はにこりと笑う。
その微笑みは、きらびやかで庶民にはない輝きを放っていた。太郎が女だったらコロリと落ちていただろう。
ーーーー待てよ。こんなこと、3年前にもあったぞ。
あの時は、女だった。そしてコロリと落ちて竜宮城へ連れて行かれた。
今度は、へビだろうか、それとも狐だろか。
嫌な予感はしたが、ここでこうしていても干からびて死ぬだけだ。
太郎は腹をくくり、精一杯、愛想よく微笑みを返した。
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